うらばなし #29

大ピンチ! ぼたもちが食べられない

 第六回公演「天国へのパスポート」の終盤、物語の中心人物である夜船陸がぼたもちを食べるシーンがある。この場面は物語上、どうしても省くことができない重要なシーンである。
 観客の注目を集める場面であり”食べているふり”ではごまかしが効かないので、ここでは本当に食べなければならず、いわゆる”消え物”と呼ばれる小道具が必要であった。

 一度しかない舞台稽古で、このシーンになったとき、思いもよらなかった大アクシデントが発生!

 なんと、陸を演じる前ちゃんが、突如としてぼたもちを食べられなくなったのである。

 別にぼたもちが嫌いなのではない。普通なら当たり前に食べられるものが、いざ通し稽古になった途端、緊張感というか注目される場面であることに自意識過剰になってしまい、飲みこむことはおろか噛むことすらまともにできなくなってしまったのだ。ちゃんと一口サイズにしてあるというのに……。

 前ちゃんは前年の「夢の化石」でもチョコバーを食べていたが、そのときは何てことなく食べていた。その場面はとくにモノを食べなくとも物語の進行上は問題なく、その方が人物のキャラが立つと思っての演出であった。
 だが、今回は重要度がちがう。ここまでモノを食べるのに注目を浴び、みずから意識したことなど、演劇はおろか人生において初めてであった。

 食べられないことに焦り、ますます食べられなくなるという悪循環―― 早く飲みこまなければと思うほど何もできなくなっていく。

 これはマズい! この場面をクリアすることができなければ本番は大失敗に終わってしまう。シリアスなシーンだけにギャグでごまかしたりすることも不可能。何とか食べられるようにしなくてはならない。

                     
               
     舞台稽古では大失敗していたぼたもちを食べるシーン

 そこで、本物のぼたもちではなく、もう少し食べやすいものを作ろうということになった。

 家庭科の先生である音響担当のIさんが、試行錯誤し、見た目がぼたもちの菓子を数種類製作。もち米の代わりに、ふ菓子などを中に入れたものである。

 これらを試食した前ちゃん。「よし、これなら大丈夫! ありがとうIさん!」と喜ぶ。

 だが――。

 そこの場面だけの稽古ならちゃんと食べられたのに、通し稽古になると、再び食べられなくなってしまった……。これまでほとんど舞台上で緊張したことなかったのに、このぼたもちを食べるシーンだけはプレッシャーのかかり方がちがう。どうしても食べられない!

 これはまたぼたもちの新たな作り方を考えなくてはならない。
 もう時間はない。本番当日に再びIさんが新たなぼたもちを作ってきてくれることになった。

 そして迎えた本番初日。
 Iさんが作った新たなぼたもちは、もち米の代わりに牛乳寒天を用い、周りのあんこも水ようかんのような感じに仕上げたものであった。

 このぼたもち、ほとんど噛まなくても飲みこむことができ、ついに通し稽古でようやく食べることに成功。本番でも難なく食べる場面をこなすことができ、大ピンチを回避することができた。 

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